デジタル社会になって、いくつかの分野では<マス・マーケティング>が切り捨てられようとしている。消費者は「大衆向け~特定層向け~自分だけの」ものが選べるようになって、特にこだわりある商品については強く「自分だけ」を求めるようになっている。昔から「あなたのための一品手作り」商品は、高価だが人気があった。
ただ、注文生産は仕様を固める(合意する)プロセスが大変で、ここを手抜きすると出来上がったものが受け入れられないことも少なくない。十分なデジタル知識のないお客様のために、SIerがオンプレミス・システムを開発するなどその典型である。

ところが<生成AI>の登場によって、このプロセスが簡略化(&省人化)されるようになり、一品手作りのコスパは向上している。その究極の姿が、この記事に表されていた。
AIコンテンツ自給自足はもう始まっている。ChatGPT連載小説とbrowser-useがもたらす未来(CloseBox) | テクノエッジ TechnoEdge
AIが好みの(自分のためだけの)小説を書いてくれるという話。既存の小説や作家に飽き足らなくなった人、書店で探すのが面倒な人にとっては朗報といえるだろう。古来為政者が政治的な理由以外に、自分の楽しみのために文学者を育てたことはある。例えば初代ローマ皇帝アウグストゥスは、詩人ウェルギリウスに「アエネーイス」を書かせた。日本でも藤原道長が「源氏物語」や「枕草子」を楽しんでいる。
もはや為政者でなくてもその楽しみを味わえるのかと感動はしたのだが、これって既存作家や出版社、書店等には大問題ではないだろうか?少し分野は違うが「自分が欲しい情報はSNS上だけにあって、既存メディアは要らない」という流れに近いものが起きないだろうか?
その前哨戦のような法廷闘争に対し、今年はいくつも判例が出てきそうだ(*1)。AIが生成する小説も、どこかでは既存の小説を参照しているはずで「どこまでの利用なら著作権侵害に当たらないか」に対し、いくつかのヒントがもらえるだろう。