オバマ政権が「米国は世界の警察官ではない」として、米国の対外関与を減らしたのだが、トランプ2.0政権でそれは決定的なものになった。「Pax Ameicana」を辞めただけでなく、鎖国政策にも見える「トランプ関税砲」を放っている。
加えて同盟国が「安全保障をただ乗りしている」として、より多くの防衛費を支出するよう求めてきた。NATO各国には、GDP比5%の支出を求めている(*1)。ドイツは「米国頼むに足らず」と再軍備に動き出した(*2)。日本にとっても信用しきれない同盟国となった米国に対し、もともと反米だった人はもちろん、米国の(核の)傘はやむなしと思っていた人も、米軍撤退の可能性を考えざるを得なくなった。そこで、
「日本は戦略的自律を迫られる」 訪米の自民・小林鷹之氏(共同通信) - Yahoo!ニュース
のような正論が出てくる。

米軍は、WWⅡ後日本に80年間駐留している。不平等条約といえる「日米地位協定」もある。安倍元総理は「米国が許す範囲での自律」を目指した政治家だったと言うが、その許す範囲が確実に広がるだろう。トランプ2.0政権は、日本がNATO各国などと軍事交流をしたところで、意に介すまい。米国の傘が無くなるかもしれないこと、傘が信用できないことはピンチではあるが、逆にチャンスでもある。そこで、再び読んでみたのがこの書。
高坂正堯著「国際政治~恐怖と希望」である。この書にあるように「国民国家の併存は無政府状態を招く」のが現実になってしまった現在。国際情勢が不安定化し、局地紛争が頻発することは疑いがなく、日本にも(5%まで行くかは別にして)相応の備えが求められる。高坂先生は、
・奇襲を受けないような備え
・他国を警戒させ過ぎないような自制
が必要だと仰る。前者はリアル空間だけでなく、サイバー空間での備えも重要になっている。とぼけた口調でシビアに現実を解説しておられた先生のことを思い出し、私たちは「日本はどうあるべき」を真剣に議論すべきだと感じた5月である。