先月自民党が「インテリジェンス戦略本部」初会合を開き、国家情報局創設を含む議論を開始した。インテリジェンス機関創設については、自民・維新の連立合意書にも記載があり、本気の政策実現に向けた動き(*1)と考えられる。
共産党機関紙「赤旗」は、わざわざ「インテリジェンス⇒諜報」と翻訳し、「戦争国家」への道だと糾弾している。戦後日本人の意識が、戦争とか諜報とかいう言葉を忌避するように傾いたことを、再び想起させたいようだ。
インテリジェンス活動は大きく分けて、対外中心の諜報と国内中心の防諜の2つ。米国では前者をCIAが、後者をFBIが担当している。英国では前者がMI-6(正式名称はSIS)、後者がMI-5の担当だ。

今回の与党の動きを、メディアは主として対外諜報機関の設置として捉えているように見える。確かに対外諜報機能は重要で、日本のように米中両国に匹敵する戦力(牙)を持ちえない国は、自衛のための諜報能力(耳や目)を備えなければ生きていけない。
ただちゃんとした諜報をする前提として、防諜能力の確保が欠かせない。諜報で得る情報の大半は公開情報(OSINT)の分析からだが、ウラをとったり、機密を探ったりするには、電子情報(SIGINT)の他にヒトから得る情報(HUMINT)が欠かせない。
写真で例示したのは、スパイスリラーの大家ジョン・ル・カレの大作「スクールボーイ閣下*3」、中期の傑作<スマイリーもの三部作>の1巻で、このシリーズはSIS内部のモグラ(潜り込んだスパイ)との闘いがメイン。
諜報として情報をヒトから得て、その事実が敵の諜報によって漏れると、情報の内容やタイミング等から情報源が割れてしまう。情報源は危険な立場に置かれるし、その公算がある(日本の防諜能力が弱い)と判断すれば、情報源が誠意をもって協力してくれるはずもない。諜報機関は必要だが、その前に防諜機能の強化が必須であると申し上げたい。