以前、デジタルデータとしてインターネットのそこかしこにある私自身の写真・動画・音声・(このブログのような)言説を集積することで、私の死後も何らかの活動ができる可能性を紹介(*1)したことがある。その後発表された「Chat-GPT」など、大規模言語モデルによる生成AIの登場で、その可能性や精度は高まった。
やはり同じようなことを考える人たちがいて「精神のアップロード」という言葉が出てきた。インターネット上に自らの精神をアップロードして、肉体が滅びた後も生前同様の活動ができないかということである。
「人の精神をデジタルで保存」する技術が議論の的になる心理学的理由 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
この論説は技術的なものではなく、心理学的なもの。特に既存宗教との関係について触れているところに興味がわいた。既存宗教は、ほぼ例外なく死後の世界を語る。それは死というものを人間がどう理解するか、あるいは受け入れるかに対して人々の関心が高いからだ。また、これらの疑問は、普通の科学では解明できないからでもある。
心を落ち着かせて死を受け入れるようにできる教義もあれば、死を恐れさせず時には殉教することで素晴らしい来世がくると教唆するものもある。理解できない「死後」を描いて見せることで、人を操ってきた宗教は少なくない。
誰もが尻込みする自爆テロも「数十人の処女(*2)が待っている」として駆り立てるイスラム過激派がいる。対して「自爆テロしたら豚と共に埋葬してやる」と思いとどまらせる防御策もある。
死後、もちろん自分の意識はなくなるのだが、代わってアップロードされた自分の精神(アバターともちょっと違うかな?)が活動し続けてくれるなら、既存宗教は要らないと思う人も出てくるだろう。
あくまで仮説だが、ほぼすべての宗教は「精神のアップロード」を否定・禁止し、中にはデータセンターに対して破壊工作をするかもしれない。21世紀の新たな宗教戦争は、既存宗教とインターネット(&AI)の戦いになるのかも・・・。
*1:To Wake the DEAD - Cyber NINJA、只今参上 (hatenablog.com)
*2:女性をモノ扱いする非人道的な教義