梶浦敏範【公式】ブログ

デジタル社会の健全な発展を目指す研究者です。AI、DX、データ活用、セキュリティなどの国際事情、今後の見通しや懸念をお伝えします。あくまで個人の見解であり、所属する団体等の意見ではないことをお断りしておきます。

ASEANのデータ流通拠点

 先週日経紙が、日経フォーラム第28回「アジアの未来」の模様を伝えた。晩さん会での岸田総理のスピーチには、

 

・G7広島サミットの歴史的意義

・自由で開かれたインド太平洋(FOIP)

ASEAN地域での連携強化

 

 が含まれていた。特に最後の点については具体的に、製造業やサービス業の連携、インフラ構築、サプライチェーンの強化など「共創」をすすめるとしている。その中に、ジャカルタに本部を置く東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)に「デジタルイノベーションセンター」を設けるとある。このエリアでのデジタルデータ流通拠点になると、日経紙は述べている。

 

    

 

 同じ日、小さな記事だが「シンガポール通信最大手シングテルのデータセンタ事業拡大」が報じられている。同社のデータセンターは国内に限定されていたのだが、インドネシアとタイでセンターを建設中で、マレーシアやヴェトナムへの展開も検討中とのこと。これらの国は全てASEAN10ヵ国に入っているし、同時にRCEP加盟国でもある。

 

 RCEPでは、データの国境を越える流通の確保、サーバ設置義務の禁止が盛り込まれていて、一応のデータ流通規制は排除できている。ただし、RCEP加盟国である中国はデータの流通には非常に神経をとがらせていて、事実上の「データ鎖国」状態にある。

 

 一時期中国国内のデータセンターを使っていた企業も、ASEAN各国への分散展開を図るはずだ。その流れに呼応した形のシングテルの事業拡大であり、日本政府も提唱するデジタルイノベーションの共創と考えられる。

 

 個人情報等に関する各国の規制の微妙な違いなどがあって、その整合も期待されるのだが、私自身はこのセンターで、データの標準化の議論を進めて欲しいと思っている。データの活用には4段階あって、

 

1)アクセスできること

2)変換等の手間をかけずに使えること

3)ビジネスモデルが成り立つ(儲かる)こと

4)炎上しないこと

 

 の乗り越えるべき課題がある。RCEP等で1)は一応出来た。ならば次は2)を目指して欲しい。

米国通信品位法第230条

 先週「Google・ゴンザレス裁判」として知られる訴訟が、米国最高裁で結審した。私も含めて、デジタル政策の関係者はほっと胸をなでおろしている。この裁判は、

 

・2015年、ISISがパリでテロを起こし130人ほどが犠牲になった

・ISISはYouTubeを利用してテロを企画していて、YouTubeにも責任論が出た

・犠牲者の米国人ノヘミ・ゴンザレス氏の家族は、YouTube運営者(Google)を訴えた

 

 というもの。最高裁は、GoogleがISISのコンテンツを十分取り締まらなかったゆえの「幇助」にあたるかどうかに関し、幇助には当たらないとして原告の訴えを退けた。争点となったのが「通信品位法第230条」で、

 

    

 

プロバイダーはユーザーの発信する情報に原則として責任を負わない

 

 とある。ただこの裁判では原告側は、

 

YouTubeには「おすすめ」を表示するアルゴリズムがあり、ISISコンテンツが拡散された

・このアルゴリズムは純粋なユーザ発信情報ではなく、運営者にも幇助や教唆の罪がある

 

 と主張していた。結果として米国法曹界は、このようなアルゴリズムも「第230条」の免責対象だと認めたことになる。2015年の時点では、電子フロンティア財団が「インターネットは最高裁判所による検閲を回避した」と評したように、インターネットは守られた。

 

 問題はこれから、である。この事件からはすでに8年経ち、インターネット経済の複雑性はケタ違いに増している。プロバイダーと呼ばれる事業者が重層的になって、ユーザからは直接見えない事業者も多い。また、アルゴリズムなどという単純なものではなく、ディープラーニングによる対応の変化をインターネットは手に入れている。今、どうような裁判が起きたらどうなるか、予断を許せる状況ではない。

 

 最高裁の結審まで8年なら、日本では早いスケジュール。それでもデジタル経済では長すぎる時代感覚だ。デジタル経済における紛争解決や法整備は、政府・法曹界に与えられた大きな課題である。

「広島ビジョン」の評価

 例えば東西冷戦のピークだったキューバ危機(1962年)以降、久しぶりに世界は核戦争の脅威に向き合っている。戦略核兵器1,500発以上を保有する大国ロシアが、核の使用をちらつかせているからだ。緊張が高まることによって、偶発的な事故や誤認が核戦争に発展してしまうリスクも高くなる。

 

 そんな中広島G7サミットが終了し、被爆地広島から「広島ビジョン」が発信されている。

 

広島ビジョンとは 核抑止・核軍縮の両立探る - 日本経済新聞 (nikkei.com)

 

 大きな方向性として、核なき世界を目指しながら核戦力の削減には務める。もちろん各国への(先制)不使用は求めるのだが、反撃能力としての核兵器保有は禁じず、その抑止力は認めるという内容になっている。

 

    

 

 これに対し、被爆者・ICAN日本共産党・中国政府・ロシア外務省からは反発の表明があった。中露は別として、他の団体や個人からは「せっかく被爆地からの発信なのに、核廃絶への姿勢や進展が見られない」というのが主な理由。

 

 しかし現下の国際情勢を考えると、G7各国の合意出来る範囲内でぎりぎりの踏み込んだ内容になっていると、私は考える。確かに核兵器は「絶対悪」かもしれないが、コストパフォーマンスの良い兵器としての地位も揺るがない。核兵器と同等の破壊力を通常兵器で揃えるとしたら、その軍事費は膨大なものになるだろう。

 

 あくまで理論上のことだが、核兵器廃絶は可能だ。核兵器以上の(効率的な)兵器を、開発し普及させればよい。あるいは核兵器保有そのものがリスクになるような、技術開発(*1)をしてもいい。人命を犠牲にしても野望を遂げたいと思う個人や集団、国家が無くならない限り、国際紛争は続く。手段としての核兵器を廃絶しても、それに代わる何かが出てくるだけだ。

 

 そこで次善の策として、G7各国・インド・ウクライナ等の元首が核兵器の悲惨さを実感してもらえたのち、上記のビジョンを発信できたことは有意義だったと考える。

 

 

*1:サイロ内で核ミサイルが自爆するよう遠隔操作できるサイバー攻撃手法等

中国もサプライチェーンリスクを意識

 何度か「サプライチェーンリスク」の中で、納入製品・部品にリスクが内在されていることについての議論を紹介している。いわゆる西側諸国では、特に世界の工場である中国でそのような製品・部品が製造されているのではないかとの懸念が高まっている。しかし一方で、中国自身もサイバー攻撃の被害者だと公表している。

 

 私の所属するシンクタンクでは、以前から中国発の情報もフェアに受け止めていて、中国当局の「海外からやってくる攻撃」に関する報道も日本に紹介していた。今回それらを集大成する形で、レポートにまとめ、

 

サイバー攻撃の標的でもある中国 (j-cic.com)

 

 を公開している。

 

    

 

 トランプ政権の5Gに関してHuaweiやZTEを排除する動きや、近年のTikTok使用禁止措置などがあって、中国からの情報窃取等のリスクばかりが伝えられるが、かつてスノーデン氏が暴露しているように、デジタル監視プログラムPrismを米国政府が運用していたことも事実である。

 

 昨日、広島で米国マイクロンテクノロジー社がDRAMの新工場を建設する件を紹介したが、そのマイクロン社の製品に「比較的深刻なリスク」が内在していると、中国当局が発表している。

 

中国、マイクロン製品購入しないよう警告-米と緊張エスカレート - Bloomberg

 

 ただ「購入しないように」と言われても、中国企業であってもすぐに切り替えることはできない。サプライチェーンのずっと先にある「TierNレベル」の発注先で使っているかどうかは、早期の確認も難しい。

 

 世界で利用される多くのハイテク製品(含むソフトウェア)は、何らかの形で西側の技術や中国の工場を使っている。全面的なデカップリングなど不可能だ。この報道について日本の産業界としては、

 

・中国側にもサプライチェーンリスク意識はある

・お互いに正しくリスクを理解し、過剰に反応しない

 

 ことを学ぶべきだと考える。

そのDRAMは何に使われるのか?

 G7広島サミットの関連でだろう、米国マイクロンテクノロジーの広島新工場に日本政府から2,000億円が支援されることになった。米国のエマニュエル大使は、

 

「中国の威圧に対抗する先例となる」

 

 と賛辞を送っている。そこで何が製造されるかというと、DRAMである。かつて日本が半導体王国だったころの主力製品は、高品質のDRAMだった。しかしその「栄華」は長く続かない。

 

 半導体技術者でジャーナリストである湯之上隆氏は、昨年衆議院の「科学技術・イノベーション推進特別委員会」で、以下のような意見陳述をしている。

 

①日本のDRAM産業は、安く大量生産する韓国の破壊的技術に駆逐された
②日本半導体産業の政策については、経済産業省産業革新機構日本政策投資銀行が出てきた時点でアウトとなった
③日本は、競争力の高い製造装置や材料を、より強くする政策を掲げるべきである

 

    

 

 ②については違和感があるが、他の2点は正しい。特に問題にすべきは①で、なぜ日本の産業界が「安いDRAM」を作れなかったかにある。湯之上氏は、

 

メインフレームに使う、長寿命(25年)製品で世界を席巻し、

・PC等で使う、5年もてばいい製品は(心理的に)作れなかった

 

 と指摘する。確かに日本の電機産業は伝統的に「品質信仰」を持っていて、過剰品質に陥りやすい体質がある。しかしPC用にメインフレームとは別に開発し、工程管理まで見直すことは出来たはずだ。例えば、IBMAppleなどが台頭したころ、

 

「ガレージメーカーに対応するには、自社もガレージメーカーになる」

 

 として、Entry Systems Div.を立ち上げて、IBM-PCを作った。

 

 要するに日本のDRAM産業は、製品が何に使われるかのマーケティングに失敗したのである。今回のマイクロン社の新工場はもちろん歓迎だが、期待はそこで何が作られるのか、何に使うDRAMがロールアウトされるかにかかっている。

 

 「家電~大型コンピュータ~PC~スマホ」と半導体利用の主役はうつろってきた。自動車産業も大ユーザである。今後はロボットなどに市場が広がるだろう。何に使われる半導体か、これを追求するのこそビジネスの真髄である。

「広島AIプロセス」を歓迎

 広島G7サミットが閉幕し、ウクライナへの支援やロシアへの非難、中国を念頭にした経済威圧への対応、金融不安の払しょくなどが議論・決議されている。その中に「信頼できるAI」を求めて、広島AIプロセスを進めるという項目があった。

 

 飛躍的な発展を続ける生成AIに代表される技術に対し、何らかのルール作りは必要との見方で各国が一致した結果である。日経紙によれば、

 

◆各国が共通して重視する点

・民主主義的価値の保護 国民の監視や差別につながるAI利用を防止、誤情報拡散も防ぐ。

・安全保障などリスクへの対処 サイバー攻撃への防御や、情報漏洩の回避。オンライン詐欺への悪用防止。

 

◇考えが異なる点

・ルールなどの在り方 欧州各国は加盟国共通の新法を策定へ。日米は現行法の活用が前提。

 

        

 

 となっている。より技術に詳しい民間の意見を容れてソフトロー中心のルール作りを求める日米と、政府主導のハードロー整備を急ぐ欧州の意見が分かれた形だ。この点を年末までに調整しようというのが「広島AIプロセス」とのことなので、この議論を歓迎しつつ注視したい。

 

 欧州は、法律に基づく審査を経て承認を得られたAIにのみ、欧州域内での流通を認める意向だ。私としては、この「承認」プロセスがどうなるのかを憂慮する。というのは、AIは日々成長していくものだからだ。ある時点で承認したとしても、その状態は翌日には変化している可能性が高い。移ろい変るものを継続的に承認することなど現実的ではないし、仮に出来るとすれば自動化手法(つまりAI応用)に拠るしかないだろう。

 

 岸田総理の地元「広島」の名が付いた国際調整プロセスでもあり、日本政府にはまず国内の民間技術者・事業者・有識者の意見を十分に聴いてもらいたい。そして過度な規制に走りがちな国をリードして、サイバー空間の「地政学的分断」を起こさないような結論を出していただきたい。

Queensland大学訪問

 AusCERTの全日程を終了し、私たちは次の目的地に向かった。日豪対話の会合で極めて大きな役割を果たしてくれた、Queensland大学(UQ)のキャンパスを訪問するのだ。ゴールドコーストからブリズベンまでは、高速道路で1時間強。出迎えてくれたのは、日豪対話の中心となった教授。彼のチームの本拠地で、どんな研究開発・人材育成をしているのか、直接見せてもらえる。

 

UQ Cyber - University of Queensland

 

 彼のチームは、サンタルチアキャンパスにある真新しい建物の一角に<UQ Cyber>というエリアを設け、

 

・学部生から複数の過程の大学院生の教育

・戦略的実践研究、戦術的実践研究、ソフトウェアの評価、ハードウェアの評価

・政府や企業とのコラボレーションによる特別なプロジェクト

 

 を実施している。今回は、

 

1)Energy TestLab 4.0

2)Device Testing Lab

3)Agile Security Operation Centre

 

    

 

 を見せてもらった。CO2削減は大学全体で取組むテーマで、この組織では1)で電力システムの防御を研究している。欧州企業とのコラボで、従来型の発電システムに風力、太陽光発電システムを加えた模擬プラントを構築して、これを攻撃したり防御したりするのだ。分野としては<IoTセキュリティ>に当たるが、まだ研究者の層は厚くない。

 

 2)はIoT機器も含む、多くの種類のハードウェアの評価をしている。脆弱性評価が中心だろう。外部からの電波を遮断する「電波暗室」も備えていた。見せてもらっての印象は、本当に実践的な研究ができているな、社会として役立つ人材を育てる環境が素晴らしいなというものだった。

 

    

 

 オーストラリアの大学はキャンパスが広いのが特徴で、地震もほぼないため古式ゆかしい建物も多い。のびのびできるキャンパスは、学生にも教授陣にも素晴らしいプレゼントだと思った。企業や政府からの資金援助あってのことだろうが、このような実践研究は、もっと多くの教育機関で備えるべきだと痛感した。