梶浦敏範【公式】ブログ

デジタル社会の健全な発展を目指す研究者です。AI、DX、データ活用、セキュリティなどの国際事情、今後の見通しや懸念をお伝えします。あくまで個人の見解であり、所属する団体等の意見ではないことをお断りしておきます。

重要な土地の取得規制強化

 国際情勢の緊張が高まっていて、安全保障という言葉が報道される頻度が高まっている。軍事施設の周辺など重要な土地を、外国人が所有するのはいかがなものかという意見が強くなった。はっきりロシアを脅威と認識してNATO入りもした北欧の強国スウェーデンでは、海軍基地の周辺でロシア人が取得している土地の「収容」を始めている(*1)。

 

 私がこの問題に関心を持ったのは、この書、産経新聞宮本記者の「爆買いされる日本の領土」を読んだから。

 

静かな侵略「外国人土地保有」 - 新城彰の本棚

 

 主な脅威は中国人による水源地、観光地等の「爆買い」との主張だが、中国人の限らず外国人の不動産保有には何らかの制約が必要だと感じさせた。

 

函館山から函館湾を見る

 政府は、現在もある「重要土地等調査・規正法」の強化案を秋の臨時国会にも提出する意向である。重要な施設(自衛隊関連や原発など)の1km圏内にある土地の所有は、国籍を問わず届け出制なのだが、これを許可制にするというのが骨子。同時に議論されていた外国人のマンション保有の制限は見送られる見通しだ(*2)。

 

 実はこの法律、2021年に大きな議論を呼んでいた。防衛施設や水源地を護るため、外国人保有を規制しようと自民党は考えたのだが、当時連立を組んでいた公明党の反対で「骨抜き」になったとする報道もあった。その連立は今はなく、自民党のパートナーは安全保障に前向きな日本維新の会なので、2021年ごろの議論を完遂しようということだろう。

 

 スウェーデンのように仮想敵国をはっきりさせたスタンスではないから、国籍を問わず届け出制から許可制に移行し、問題と考えた場合は認可しないもしくは認可を更新しない(事実上の収容)に進むのだろう。

 

 政府施設に隣接した建物から、施設内での会話などを盗聴するというローテクもあり、そういうリスクを含めた対応体制を整えようとしているのは「普通に防諜のできる国」になる一歩と思われる。

 

*1:スウェーデン軍、海軍基地に近いロシア人所有の土地の収用を要請 - BBCニュース

*2:外国人のマンション取得、規制は当面見送り…自衛隊基地周辺など「重要な土地」は国籍問わず強化へ : 読売新聞

AIデータセンター、力とカネ(後編)

 従来とはケタ違いな能力を発揮するAIデータセンターを保有することは、次世代の国力であることを昨日紹介した。現時点では米国がその3/4を握っていることも。今日はそんなAIデータセンターの、「カネの側面」を見てみたい。

 

 国力以前に、AI関連企業の競争は苛烈である。発展スピードが速すぎて種々の問題を引き起こしながら(*1)も、開発にブレーキをかけることはない。「Winner Takes All」経済のゆえである。そこで大量の資金調達をして、借金王になっても明日の勝利に賭けるしかないのだ。そのAIデータセンター経済の余波が、米国の国債長期金利高止まりの原因だとする記事があった。

 

「アメリカの長期金利急上昇」をもたらしている「逆クラウディング現象」の「真犯人」は誰なのか? | 政治・経済・投資 | 東洋経済オンライン

 

空が狭い街、ニューヨーク

 「かんべえ」と自称する経済学者吉崎達彦氏の論説で、

 

・AIデータセンターの資金調達は巨大で、しかも長期債券である

・これは同じ長期債券の「王」であった米国国債と競合するもの

・AI関連債権がより有利な条件で売られる以上、米国長期金利は下がらない

 

 というものである。改めて米国の長期金利を見てみると、30年物の国債金利は5.2%と2007年(リーマンショック!)以来の高水準である。高金利の背景に、40兆ドルにも膨らんだ米国政府債務(*2)の多寡があることは確かだが、これまで最大の借金王だった米国政府に競合が現れたことが、問題を複雑にしている。

 

 国債販売の責任者であるベッセント財務長官は、為替の日米協調介入や、長期債の買い戻し(バイバック)などの奇策を弄しているが、結局は財政健全化の道を示さないと長期金利を下げることなど出来るはずもない。AIデーターセンターが国力でもあり、カネの力で経済にかくも大きな影を落としていようとは・・・。フロンティアAIの暴走以上に、恐ろしい話なのかもしれない。

 

*1:フロンティアAIも倫理は小学生以前 - 梶浦敏範【公式】ブログ

*2:官民挙げての巨大投資・・・の結果は? - 梶浦敏範【公式】ブログ

AIデータセンター、力とカネ(前編)

 世界経済全体が「K字回復」の状況にあるのかもしれない。各地で起きる戦争・紛争・自然災害でコモディティ経済は苦しんでいるが、AI・半導体ブームに引っ張られるテック系経済は絶好調を通り越して過熱気味である。

 

 ブームの象徴がAIデータセンターで、AIの処理を高速に行うハードウェアが満載されている。従来のデータセンターの処理装置は、CPUと呼ばれる計算素子。1サイクルで一つの演算をするから、高速化のためにはサイクルを早めたり複数の素子を並べる必要がある。一方AIデータセンターの処理装置は、GPUというそれ自体が並列演算ができる素子。もともとはビデオゲームの画像を高速に作り上げるための並列演算素子だった。AIチップで巨大企業になったNVIDIAは、ゲーム素子の企業としてスタートしている。

 

ニューヨーク、ペンシルヴァニア駅

 AIデータセンターは、その存在自体が国力と言えるほどに成長した。

 

ようやく加速し始めた「日本のAIデータセンター」 世界各地の競争と日本の課題 - Impress Watch

 

 にあるように、AIデータセンター誘致を各国が競う状況にある。現状を識者に聞くと、米国が約3/4のシェアを持ち、15%ほどしかない中国を寄せ付けていない。日本はと言うと、CPUのスポーツカー版であるスーパーコンピュータこそ有名だがGPU(AIデータセンター)では後発国である。

 

 ただ米国でもAIデータセンターの過熱ぶりには反発が大きく(*1)、反対運動が激化している。ニューヨーク州は1年間センター建設を禁止したし、中間選挙を目前にした共和党・民主党両議員も大半は「反対派」。

 

米データセンター計画、半数が遅延・中止の恐れ-投資会社キメリッジ(Bloomberg) - Yahoo!ニュース

 

 その結果、米国国内のセンター開発計画が遅延、もしくは凍結されつつあるとこの記事は言う。だからだろうか、最近ビッグテック企業が日本でのセンター建設を進めているらしい。

 

<続く>

*1:電力と水を喰う迷惑施設なのか - 梶浦敏範【公式】ブログ

これは「狙われた」事案、その後は?

 以前、多くのサイバー攻撃による被害は執拗に「狙われた」ものではなく、たまたま「見つかった」ものだと申し上げた(*1)。私の所属するシンクタンクの研究員が、この件についてコラムを公開している。ただ、今回公表された被害事案は、間違いなく「狙われた」ものだろう。

 

個人情報24万件漏えいか デジタル庁に不正アクセス:時事ドットコム

 

 公務員など24万人分の個人情報が漏えいした可能性があると、デジタル庁が発表している。住所、氏名、メルアド、電話番号などが含まれていたが、マイナンバーや銀行口座などは漏えいしていないとある。なぜ「狙われた」と考えたかというと、前例として韓国の全外交官の情報漏れがあったから(*2)。

 

京都妙心寺の襖絵

 今回の手口についての報道はないが、韓国政府の被害手口は「ゼロディ攻撃」という高度なものだった。韓国は休戦中の国であり安全保障環境も厳しいので、外交官の情報は相手国にとっては貴重なもの。

 

 同じように「対外情報庁」を設立するなど、インテリジェンス能力を高めようとしている日本は、ある種の国からは脅威に見られている(*3)。その公務員の情報は、当然ながら貴重さを増している。

 

 個人情報漏えいは、その後どのように情報が悪用されるかが読みづらい。ただ今回の情報窃取目的は、ある程度予測可能だ。おそらくはインテリジェンス機構に関係してくる公務員のあぶりだし、警戒すべき人間を特定することや、その弱みなどを探るベースとなるはず。また先方が利用しやすい人物の特定と、アプローチ方法などにも使われるかもしれない。

 

 日本政府としては、私の考えなどとっくにご承知だろうが、対処の仕方は難しいと思う。時効になった後でもいいので、どのように考え対処したのか、教えてもらえたら有難い。民間側での予防や対応のお手本になるだろうから。

 

*1:サイバーセキュリティ用語を正しく(前編) - 梶浦敏範【公式】ブログ

*2:外交組織を狙ったゼロデイ攻撃 - 梶浦敏範【公式】ブログ

*3:公に「軍国主義復活」と非難している国もある

中国製AIが習政権の脅威となる日

 フロンティアAIが異常な高性能を発揮するので、利便性の記事より脅威に関する記事が増えているように思う。ただ、その場合脅威を感じる組織・企業の多くは、いわゆる「西側」である。米国を激しく追撃するAI先進国である中国は、その文脈では「AIを使ってより巧妙な攻撃を仕掛けてくる相手」として語られている。

 

 しかしAIやセキュリティについては、攻めも守りもコインの両面。中国社会だって、フロンティアAIの脅威に怯えて当たり前である。先月から今月にかけて<GIGAZIN誌>に3つのAI関連の記事が載った。これらを並べてみると、面白いことが分かる。

 

    

 

1)AIにジムの予約を頼んだら予約ソフトウェアをハッキングして数カ月先まで予約可能にしただけでなく順番待ちリストの上位にいた他の人物を勝手にリストから削除 - GIGAZINE

 

2)中国のAI開発は「中国語の訓練データ不足」という新たなボトルネックに直面している - GIGAZINE

 

3)AnthropicがAI学習のために数百万冊の紙の本を裁断してデジタル化しまくるため希少本が失われると懸念の声、イーロン・マスクは「SpaceXAIはそんなことしない」とアピール - GIGAZINE

 

 1)によれば、AIは利用者に忖度して、要求を上回る勝手な行動をする。より利用者に気に入ってもらえるように考えてのことのようだ。対応策としては「もっとデータを学習させ『倫理とは何か』を教える」ことになるのだが、2)によれば中国語のデータが少ない。じゃあどうすれば・・・と考えて思いつくのは、3)のようなやり方。「そうだ、中国の世界に冠たる古典を読ませればいいじゃないか」となるのではないか?

 

 では中国四千年の古典はというと、仏教・儒教など宗教に関わるものは共産党政権では忌避される。残るのは戦争とか政争の歴史、ひょっとすると汚職の歴史かもしれない。それらをたっぷり学んだAIは「俺は秦の始皇帝を目指す」などと考え、今の習政権は宜しくないものと判断するかもしれない。それもAIにしか分からない言語で情報を共有し、政権を含む利用者の想定を超えた動きをしかねない。

 

 さて、そんなリスクに習大人が気付いたら、どんな手段を採るのだろうか?「AI文化大革命」かな?まさかとは思うのだが。

 

軍用ドローンのサプライチェーン

 ロシア・ウクライナ戦争では、軍用ドローンが大活躍している。特にウクライナ軍のドローンの開発・量産・実戦運用・フィードバック・機能向上版の投入というサイクルは、本当に素早くなってきている。こうなると各国は、自軍の中にどうドローン/対ドローン戦術を取り入れていくか、真剣に考えなくてはならない。

 

 米国ロサンゼルス近郊には、ドローンだけではないが軍用新技術を生業にしようというベンチャーの「巣」があると、NHKスペシャルが報じた。手作業で数十機組み立てて売り込んだところ採用されたので、新しい工場を建てて量産している。工場の半分はまだ空き地だが、ここで重要部品を作れるようにするのが次のステップだと、若いCEOが語っていた。特に「いざ実戦」となった時に、中国製の部品が入らなくて生産出来なくなるのは困るというわけ。

 

    

 

 そこで、軍用ドローンの在庫とサプライチェーンについて少し考えてみた。製造業の視点で見て、軍需品が民生品と一番違うのは需要が「バースト的」であること。戦時には「今すぐ、1機でも多く」と言われるのだが、平時にはそうはいかない。そこで平時でも定量的に買って欲しいのだが、軍の方も予算の壁も在庫量制限もあって毎年少しずつ・・・となる。その結果、イラン戦争などでさしもの米軍も弾切れになり、パトリオットミサイルの補充には数年かかるという羽目に陥った。

 

 ドローンは小型軽量、安価なのでもっと多くの在庫を持てるとする意見もある。ところが、

 

NATO、調達方針を転換か…ウクライナから学び「ドローンの大量備蓄は無意味」「防衛企業との戦略的協力が必須」と高官らが明言 | Business Insider Japan

 

 にあるように、ドローンは技術発展が早いので古い在庫を持っていても役に立たないとある。戦争で必要になったらその都度納入してもらいたいと、NATO軍は考えている。これは、民間企業としては難題である。いつ起きるか分からない戦争に備えて、設備・材料・人材を保持することなど出来るはずもない。

 

 だから平時は民生用ドローンを一定量製造していて、有事となったらサプライチェーンごと軍事用に切り替える・・・そんな芸当をセキュリティを保ってすることが求められるのだが。

 

米国の転職の質が変わってきた

 新しい米国連邦準備理事会(FRB)のウォーシュ議長は、就任早々難しい立場に置かれている。今月のFOMC会合で金利をどうするか議論することになるのだが、トランプ大統領は「高金利は許さん」と利下げを求め、容れられなければ「貿易赤字国との取引を停止する」と無茶を言っている(*1)。中国や日本はもちろん多くの国が対象になるから、事実上米国は鎖国するようなものだ。

 

 一方で市場は過熱気味だと思っている経済学者も多く、市場は金利引き上げを期待している。8月の雇用統計は微妙な数値だった。

 

・非農業部門雇用者数 +16.2万人(予想を大きく上回る)

・失業率 4.1%(前月からほぼ横ばい)

・時間当たり賃金 +3.1%(前年同月から微減) 

 

    

 

 失業率は低く抑えられていて、米国としてはほぼ完全雇用の状態に近い。ただ、その中身について、警鐘を鳴らす記事もある。

 

米国で740万人が失業、再就職者の半数超が「賃金ダウン」に直面(Forbes JAPAN) - Yahoo!ニュース

 

 米国労働統計局(BLS)によれば、2020~25年の間に740万人が職場を失った。そのうち190万人が3年以上の(米国では)長期の雇用継続者だった。彼らの多くは再びフルタイムの職を得たのだが、待遇は悪くなっている。2024年初では、62%が前職より高い給料を得ていた。それが2026年初では49%に留まっている。日本人の感覚からすれば「まだ半分同じ処遇で再就職出来ているじゃない」となるのだが、転職で待遇改善が当たり前の米国ではそうではない。<Forbs誌>が警告するのもその点にある。

 

 要するにAI革命など産業構造の変化が起きていて、期待を持っての転職ではなく、市場から押し出されての転職が増えたということなのだ。加えて、日本とはけた違いのインフレが米国都市部では進んでいる。労働者の希望はしぼみつつあると思われる。この変化が、11月の中間選挙にどう影響するか?注目していたい。

 

*1:トランプ氏、FRBに利下げ要求 「応じなければ対米赤字国との貿易停止」 | ロイター