梶浦敏範【公式】ブログ

デジタル社会の健全な発展を目指す研究者です。AI、DX、データ活用、セキュリティなどの国際事情、今後の見通しや懸念をお伝えします。あくまで個人の見解であり、所属する団体等の意見ではないことをお断りしておきます。

中国人民解放軍のDX

 中国人民解放軍は、5つの戦区(東・西・北・南・中部)に統合作戦指揮機構があり、陸軍・海軍・空軍・ロケット部隊が統合運用される仕組みになっている。実戦力である4軍種の他に、2つの支援部隊「戦略支援部隊」「中央軍委聯勤保障部隊」がある。

 

 今月、この戦略支援部隊が廃止され、新たに「情報支援部隊」を設立するとの報道があった。

 

中国軍に「情報支援部隊」新設 習氏主導の戦略支援部隊は廃止 - 産経ニュース (sankei.com)

 

 この記事によれば、情報支援部隊は(支援部隊とは言いながら)新たな兵種であり、軍の使命の遂行に重大で深淵な意味を持つ。戦略支援部隊が持っていた、情報・宇宙・サイバーのうち主に情報部門の機能を充実させて、4軍の能力向上を図るもののようだ。

 

        

 

 このところ習政権は、特にロケット部隊の不正(*1)に頭を悩ませていて、人事刷新も計っている。他の3軍も含めて、指揮系統の強化は重要な課題なのだ。その観点からすると、今回の「人民解放軍のDX」計画は外向きの戦力の向上より、内部統制の強化が主目的のように見える。

 

 もし戦力向上で米国軍に対応できるようにし、人民解放軍創立100年の2027年に台湾侵攻を果たすのが目的なら、戦略支援部隊のサイバー部門こそ「新たな兵種」に最初に加えるべきだ。そうではなくて情報部門を「兵種」にするというのは、内向きの傾向が強いと見る。簡単に言えば、実行部隊の統制をデジタル情報の活用によって高めたいということ。

 

 古来中国の王朝は、覇権を握るまではともかく、安定期に入ると軍の能力を削いだ。それはクーデターが怖いからで、功績ある軍人でも歴史に名を刻むほど評価されていない。これが四千年戦いに明け暮れながら、戦史は三国志時代までさかのぼることになるゆえんだ。

 

 また、中国で王朝が滅びるのは腐敗が進んだ時(*2)。その意味で、習政権は強すぎないし、腐敗もしない人民解放軍を求めている。今回のDXは、その線に沿ったものと考えるべきだろう。

 

*1:燃料が水にすり替わっていたなど

*2:中国で王朝が滅びる時 - 新城彰の本棚 (hateblo.jp)

AIは人類の能力を高める!

 昨年の生成AIの登場は、いろいろな社会的ムーブメントを引き起こした。極端なものは「シンギュラリティ」がやってきて、人類が滅ぶのではないかというもの。そこまではいかなくても、誰でも新しいテクノロジーに対しての恐怖感はあったと思う。一般にAIと人類の関係については、

 

1)AIが人間の職場を奪い、社会不安を広げる

2)AIを使える人、使えない人による格差が広がる

3)AIを使うことによって、人間がより効率的に仕事ができる

4)AIをヒントにして、人間がより創造的になれる

 

 などの議論がある。1)は機械化や情報化によって、平等社会が崩れ中間層が没落したのだが、それがより高給のホワイトカラーに及ぶというもの。そして2)では、ごく一部の(1%?)人間だけが利得を得て、他は「We are 99%」になってしまうぞという警告。

 

        

 

 ただ3)のようになること、しかも比較的多くの人がそうなることはある意味明白。問題は前項目の社会的マイナスと、3)の社会的プラスがどうバランスするかだった。しかし、私は必ず4)はあると信じていて、何かその兆候はないかと気を付けていた。すると、

 

AIの登場で人間の囲碁のレベルが劇的に向上していることが明らかに、囲碁以外の分野でもAIが頭打ちになった分野に成長をもたらす可能性 - GIGAZINE

 

 という記事が見つかった。囲碁のような「AI先行分野」で、人間の能力がUPしたとのレポートである。確かに囲碁界では、定石も「AI以前」「AI以後」と分かれてしまい、若い棋士たちが積極的にAIを取り入れることで、成績を伸ばしている。これは多くの関係者の認識だったが、これまでは印象に過ぎなかった。それが科学的にも証明されようとしている。

 

    

 

 プロだけでなく、僕らアマチュアでも、NHK番組のAIによる進化(*1)で、ちょっとは強くなれそうな気もする。まだちいさな世界での一つだけの例ではあるが、上記4)を探していた者にとっては貴重な実例。AIは人類の敵ではなく、強い味方なのだと多くの人に理解してもらいたいものである。

 

*1:上のバーが勝率、右下が予想手、これに現状の盤面と、棋士による解説が付く

 

生産過剰の解消は難しい

 今月に入って、米国のイエレン財務長官、ドイツのショルツ首相が中国入りし、習主席らと会談をしている。中露vs.欧米というイデオロギー対立は、正直大きな問題ではなく各国共足元の経済をどうするかに着目している証拠だ。会談の目的については、中国からのツナミのような安値輸出への対処を求めたものと思われる。

 

 次世代の産業として、習政権は、

 

ソーラーパネル

・電気自動車(EV)

リチウム電池

 

 に期待をかけ、助成金なども集中的に投下してきた。その甲斐あって、不動産産業が負債にあえいで低迷している中、経済の牽引役になってきた(*1)ものと思われる。ただ、国内市場が冷え込んでいるので、製品は海外に市場を求めて出ていくことになる。これが欧米側から見ると「ツナミ的輸出」に見えるのだ。

 

    

 

 例えばEVに関しては、ドイツの自動車産業も苦しんでいるし、米国テスラでは10%人員削減というニュースもある。もともとハイブリッド車に比べ、走行距離が短く、充電スタンドが未整備のところでは使いづらい車である。需要低迷に安値攻勢ときては、欧米のEV産業は困ってしまう。

 

 ただ、中国の側にも(弁護するわけではないが)事情がある。なにしろ大きな国なので、助成金などが付いて「儲かるぞ!」となるとものすごい勢いで参入する企業が現れる。「とにかく作れ、やれ作れ」とばかり増産に拍車をかけたのに、ある時点で「もう抑えめにしましょう」と言って、現場が納得するとは思えない。少なくとも、しばらくの間増産ペースは変わらない。

 

 これは不動産市場で起きたことと同じで、市場など見て作っていないのだ。モノづくり企業にいた私には、生産現場をマネジメントすることの難しさは良く分かる。それができないと経営者の資格はないのだが、中国企業にも適切な経営者は少ないように思う。外圧(例えば関税)で何とかなる問題ではないのだろうが、各国が習政権に圧力をかけ続ける必要はあるだろう。

 

*1:どこまで信用できるかは分からないが、1~3月期の経済成長率は年率換算5.3%だという

大きな枠組みの議論を期待する

 先週、日本にセキュリティ・クリアランス(SC)制度を導入する「重要経済情報保護及び活用に関する法律案」が衆議院を通過し、参議院に送られた。この制度に関しては、私も2年ほど研究してきて、

 

・機密情報を、例えば重要インフラのサイバー防御に使うために有用

・そのために、民間人まで含めた適性評価は必要だが、それで十分か

 

 と意見を述べてきた(*1)。公務員は「特定秘密保護法」で適性評価の対象となり、罰則もあるのだが、同様のもしくはより機密性の高い情報に触れる可能性のある、政務三役やその秘書が適性評価の対象でないのは問題だと思った。

 

 衆議院での論戦では、唯一国民民主党がこの点を取り上げた(*2)が、政務三役含めた政治家への適用に関する修正は成されなかった。政治家にこれを求めることは、各国でも行われていないようだ。もし米国大統領候補に適用したら、またぞろ「選挙妨害だ、政治的迫害だ」と叫ばれてしまいかねない。

 

    

 

 野党の追及は「機密情報の範囲が明確でない」など、根幹とは言えない部分に終始(*3)した。リサーチ力で定評のある共産党も「米国との兵器共同開発につながるから怪しからん」程度の追及しかしていない。国民民主党を除き、野党の勉強不足が目立った。

 

 「明確でない」の批判に対して高市大臣は「基本的人権を侵害しない規定になっている」と回答。これは、この時点では仕方のないことだ。法律が制定されたら、各府省が法律に関する施行令・施行規則・ガイドライン等を作って、実務的にどうするかを定めてゆく。これらは国会など外部からの審議は経ないとはいえ、パブコメなど民間から意見を述べる機会はある。これらが定まらないと、企業実務としては体制・運用の仕方がわからないのだ。

 

 確かに法の主旨を超えて、施行令などが制定されて空文化してしまうことはある。しかし多岐にわたる業種や業務に即した何かを法律そのものに書き込むことなど不可能だ。国会にはいつも「大きな枠組みの議論」を期待しているのだが、今回もほとんど裏切られた形である。

 

*1:クリアランス制度の適性評価 - 梶浦敏範【公式】ブログ (hatenablog.jp)

*2:【衆本会議】浅野哲議員がセキュリティクリアランス法案に対する賛成討論 | 新・国民民主党 - つくろう、新しい答え。 (new-kokumin.jp)

*3:機密の範囲はヒミツです? 「経済安保情報保護法案」参院審議入りするのに、運用の詳細は「後で決める」 :東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)

ひとつの帽子、複数の帽子

 企業で、サイバーセキュリティ対策を担う役員(or準役員)であるCISO。比較的新しい役職であり、業種等によってさまざまな位置づけがあって、職責・権限も百人百様である。私たちはCISOを応援する立場で、CISO同士が意見交換し本音を語れる場を設けたり、CISOに対しての情報提供や要望聴取を行っている。そんな議論の中で、CISOが専任か、兼職かの議論があった。

 

 最初にCISOをおく時、多くは兼職である。ITガバナンスを担当しているCIOに、もうひとつの役職としてCISOを担ってもらうのが普通かもしれない。この場合、

 

◇CIO DX促進のため、デジタル化のアクセル役

◆CISO デジタル化のリスクを考え、必要ならばブレーキ役

 

 の双方が一人の人物に委ねられることになる。

 

    

 

 CIO/CISOだけでなく、技術革新を担当するCTO、データの管理・活用を担当するCDO、自然災害なども含めたリスク管理を担当するCROの帽子をかぶった役員も少なくない。ある企業で、このように複数キャップを被っているCISOから、専任のCISOに替わったがどうだったのかの感想を聞くことができた。

 

◇良かったこと

 前任者は、勤務時間の1割ほどしかCISOとしての執務ができなかった。上司も部下も、いつでも相談できるCISOの存在はありがたかった。

 

◆違和感を覚えたこと

 しばらくすると、何か問題(&問題の芽)があると、CEOがCISOに常に意見を求めるようになった。他の役員の緊張感が薄れ、いざというときの対応に不安が出てきた。

 

 私は「CISOの職責・権限に定番はなく、その時の役員全体の資質や人間関係にも関わって、適材適所を常に考える必要がある」とした上で「ひとつの帽子が理想だが、複数の帽子でもきちんと立場を分けて考えられる人なら問題はない」と話した。真面目過ぎる人には複数の帽子は難しいかもしれないとも付け加えた。

 

 WWⅡ時代、東条英機首相が陸軍大臣参謀総長をも兼務した時の混乱(*1)を思い出したからである。

 

*1:歴史探偵の遺言 - 新城彰の本棚 (hateblo.jp)

耐震化だけではないミッション

 今月から、上水道の整備・管理業務が、厚労省から国交省に移管された。以前から下水道は国交省担当だったから、上下水道の管理元・責任元が一元化(*1)されたわけだ。当面焦点が当たっているのは、今でも断水地域が多い能登半島地震の普及や、他の地域でも起きうる被害の軽減である。土木工事については、衛生管理には長けている厚労省も不得手、妥当な「省庁再編」であろう。

 

 社会インフラには相互依存性があり、このケースでは道路や河川(堤防)と水道の相互関係である。特に道路は、電力や通信(*2)インフラのベースとなるケースも多いので、国交省が社会インフラの有力プラットフォーマーだとも考えられる。

 

    

 

 私自身も国交省の技術部会メンバーとして、社会インフラ整備の議論に参加している。そこで強調しているのは、デジタル化される社会インフラの防御。多くの部会員は土木・建築・経済の専門家で、自然災害対応の議論に傾きがちなところ、私はサイバーリスクへの対応も呼びかけている。

 

 今回の上水道管理部署の移管についても、海外では上水道システムをクラッキングして、水酸化ナトリウムや塩素の濃度をリモートで上げてしまう例をひいて警告した。イランとイスラエルの暗闘で、この種の攻撃が行われた(*3)のが最初らしいが、米国(イラン曰く大悪魔)でも被害があり、イランだけではなく中国のハッカー集団の脅威も高まっているという。

 

水道システムは「サイバー攻撃」の格好の標的、米当局が警告 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)

 

 私がいくつかの府省と付き合った経験では、理系技官が多くその処遇が高いほど、当該省庁のデジタル政策に対する真摯さが高い。国交省総務省経産省に劣らないポテンシャルがあって、予算も大きい。デジタル化された社会インフラを護る能力は高いと、期待する次第である。

 

*1:上水道の整備業務 厚労省から国交省に移管 水道管理を一元化へ | NHK

*2:5G通信でも高周波になると直進性が高く、道路信号の上に中継局を置くと便利との指摘もある

*3:イスラエル対イラン、サイバー空間の暗闘 - 梶浦敏範【公式】ブログ (hatenablog.jp)

「ボスが来たボタン」は無意味

 あるメディアの企画で、クライアント管理ツールを主力製品としている企業の役員と対談することになった。同社の製品は「COVID-19」禍でテレワークが爆発的に増えた時期に市場を広げ、タクシー車内でのCMなどよく見かけるようになっている。

 

テレワーク状況を管理する? - Cyber NINJA、只今参上 (hatenablog.com)

 

 今も順調に事業は伸びているようだが、CM等の効果でIT部門やセキュリティ部門にはアピールできても、まだ経営者へのアピールが足りないとの意識がおありのようだ。そこにメディアが「経営視点のセキュリティ議論をしましょう」と持ち掛け、何人かの専門家と企業幹部の連続対談を企画したという次第。

 

        

 

 私からは、サイバーセキュリティは経営課題・サプライチェーンリスクへの対応・中小企業における課題・DX with Securityはなぜ必要かなどをお話しした。先方からは、多くの中小を含む企業での現場体験から、クラウド利用の課題・PC/モバイル管理の実態・人材獲得の課題などの説明があった。

 

 1.5時間ほどの対談を終わり、写真撮影をしながらの雑談で、少し聞きづらいことを聞いてみた。それは、どこにいようがPC操作画面をモニタされているので、監視ソフトだという批判はないかというもの。

 

 かつて(Macだったか)「ボスが来たボタン」がキーボードにあり、執務中ゲームなどしていて、上司の姿が見えた時このボタンを押せば、ワーク画面(例えば表計算)になってくれた。貴社のツールは「そんなボタンも無意味にするものですね」と尋ねた。

 

 すると「いや従業員にとってもメリットがあるのです。就業時間外に急にやった作業もログがあるので、残業時間にカウントできます。リアル監視というよりログなのです」との回答だった。その後の会話で、日本のホワイトカラーがジョブ型・成果主義ではなく、実質時間給だというのが結論になった。

 

 欧米なら非難されそうなクライアント管理ツールが日本では普及しつつあることは、独特な「働き方」に起因しているようだ。